18 和蘭事始
二巻、伝写本。いわゆる「蘭学事始」の古写本は現在七部知られている。書名のうえから二類に別つことができ、「和蘭事始」と題する書は内山本(内山孝一氏1)蔵)幸田本(幸田成知氏2)旧蔵、慶応大学附属図書館現蔵)福沢本(福沢諭吉自筆、現蔵同上)の三本で就中、内山本は書写年代もっとも古く原本に近いテキストとして重視されている。もと勝海舟の旧蔵で昭和廿二年に新発見された。福沢本は明治二年刊本の底本になったもので扉の書名の和を消し学の字を加えている。「蘭東事始」と題するものは村岡本(村岡典嗣氏3)旧蔵、天理図書館現蔵)矢野本(矢野宗幹氏4)蔵)佐藤本(佐倉順天堂旧蔵、現時所在不明)小石本(小石秀夫氏5)蔵)の四本で、あるものは大槻玄沢の題字を存し書名も玄沢の命名にかかる。玄白自筆の原本は文化十一年(一八一四)玄白八二才の時大病にかかりその恢復後執筆を始め、翌春に脱稿して校訂を大槻玄沢に托したが安政二年(一八五五)の江戸大地震で焼失したという。翻刻本については附録の玄白関係研究所を参照のこと。
(注)
1)内山孝一 和蘭事始:「蘭学事始」古写本の校訂と研究(1974)中央公論社、の著者
2)幸田成知 歴史学者、経済史学者、幸田露伴の弟 一九五四年没
3)村岡典嗣 歴史学者、日本思想史学者 一九四六年没
4)矢野宗幹 昆虫学者、本草学・博物学関係旧蔵資料は国会図書館で所蔵 一九七〇年没
5)小石秀夫 栄養生理学者、小石李伯(元俊の父)を初代とする小石家の八代目。京都府立医科大学卒、大阪市立大学名誉教授 2009年没
附、蘭学事始
二巻、明治二年(一八六九)刊。幕末に神田孝平1)が湯島聖堂裏の古本屋で発見した「和蘭事始」にもとづいて福沢諭吉が写したものを底本とし、後世に残す意図で諭吉の出資により木版で刊行したもの。現在一般に流布している「蘭学事始」の祖本である。首に「形影夜話」にある石川大浪筆の玄白肖像を復刻しているが、板木の虫喰痕をそのまま強調したため、誤って側頭部に静脉が怒張しているかの感を与えるがもとより真ではない。杉田玄端の記した略伝と杉田廉卿の序を附刻す。最近底本の福沢本の出現により、もと「和蘭事始」とあったものを諭吉が「蘭学事始」と改題したことが明かとなった。この刊本は後世に残す目的で営利を離れた自費出版のため、近世の刊本であるにかかわらず現存部数はさほどおおくない。のち明治二三年、日本医学会第一回総会に当り西洋医学開祖の六家の霊を祀り、記念のため活字で再版して頒った。これには福沢諭吉の再版の序と長与専斉3)の『近世医事沿革』が附録されている。この再版本もきわめてすくない。
(注)
1)神田孝平 江戸時代末期から明治にかけての洋学者 1898年没
2)杉田廉卿 幕末の医師、翻訳官、小浜藩医、杉田玄白分家4世孫
3)長與專斎 適塾に入門し、のち塾頭。明治に入り、長崎医学校の学頭。1902年没