12 鶴亀の夢
一枚摺、天保三年(一八三二)刊。享和元年(一八〇一)十月晦日、玄白の書斎で愛用の文房具が夢で身の上の自慢話をした態になぞらえた世評諷刺の戯文。短篇ではあるが興味深い。原文は玄白の日記の享和元年十二月五日の条にも記されている。翌年の春古稀を迎えた玄白は、人に乞われるまま絵を加えて一幅に揮毫して与えた。のち天保三年に後嗣の伯元が自分も古稀を迎えるに当り、父の遺墨が散逸するのをおそれ、そのまま上木して知友に頒った。従って玄白の著述中では異例の刊本というべきで、性質上伝本極めて稀。さらに玄孫の六蔵翁1)が昭和十四年に古稀を迎えた際、家の佳例にならって天保三年の一枚摺を、凸版で複製し知人に頒った。これとても現存するものきわめてすくない。
落款は『七十翁九幸(花押)』とあり、古稀以後は九幸の号を多く用いている。玄白の古稀の筆蹟は他に伝存しないので、遺墨鑑定上の重要資料である。
(注)
1)杉田六蔵 杉田玄白のひ孫、玄端の子