9 後見草
三巻、未刊写本(のち翻刻)。小浜藩用達の石屋亀岡宗山が記した明暦大火の記事を、玄白はその孫に見せられた。そこで玄白は鴨長明の「方丈記」にならい、宗山の遺稿をそのまゝ上巻とし、中巻以下にその後の天変地異を書き継いで天明七年(一七八七)白川侯老中職となり万歳を唱うる記事に終る。玄白五五才の著述で、鋭利な諷刺のうちに滑稽と皮肉をたたえた異色ある評論である。従って明暦より天明に至る江戸を中心とした世相の実態を忠実に記録したものとして歴史上にも有益な文献である。伝本必ずしもすくなくないが、誤写脱簡1)多き本が通例で善本は稀である。明治十七年(一八八四)活版に附して「史籍集覧」に収められて流布したが、著者を全く誤り本文に誤脱が甚だ多い。のち「燕石十種」に収められたものはやや善本に近いが別人の附録があり、かえって玄白の著述の真をさること遠くなっている。
(注)
1) 脱簡 書物の中の一部が抜けていること。