4 解体新書
四巻附図一巻五冊、安永三年(一七七四)八月刊。
明和八年(一七七一)三月五日、すなわち玄白らが骨ケ原で腑分を見た翌日「ターヘル・アナトミア」の反訳に着手以来、稿を改めること十一回、四年の日子を費やして完成した本書は、その意義と内容について今更多言を要しない。医学史のみならず日本文化史上の重要な文献の一つである。
「ターヘル・アナトミア」の原書の本文のみを訳して漢文で記してあり、図は諸書を参考として取捨し秋田の小野田直武が描いたものを精巧な木版にしてある。本書成立のいきさつは「蘭学事始」に詳しいから今またここに贅しない。
現在もなお用いている解剖学術語が数多く見え、また漢文で記したのは今まで中国から教えられていた医学を、逆に真理を伝えようと考えてあえて漢文に作ったもので、その意気はまさに天を衝くものがある。玄白の著述のうち、漢文で記されたものは全てこのような意図に発しているものと解される。玄白時に四二才、前野良沢ほか同志の協力があったとはいえ、不十分な訳と知りつつも一日も早く真理を伝えようと、夜を日についで草稿を整理した苦心を察するに余りある。クルムスの原序のみひとり玄白の訳になるものらしく、本文の訳を原書と比較する時、いく分拙劣さが目立つが、これはかえって玄白自身のオランダ語の学力を知るによい手掛かりとなっている。「文明源流叢書」「大日本思想全集」に収載。