11 養生七不可
一巻、享和元年(一八〇一)刊。玄白古稀の前年、すなわち享和元年八月五日は有卦1)に入る日に当るというので、一族や門人が祝宴をはり、不の字のついた七品を贈って玄白の健康を祈ったので、子孫のため養生の大要を七不に因んで記したもの。いわゆる養生七不可とは、昨日の非は恨悔すべからず、明日の是は慮念すべからず、飲と食とは度を過すべからず、正物に非れば苟くも食すべからず、事なき時は薬を服すべからず、壮実を頼みて房を過すべからず、動作を勤めて安を好むべからずの七条で、各条下に和漢蘭の書や実例を引いて周到に説いている。末に大槻玄沢が師に倣って作った『病家三不治』を附す。本書は性質上知友に頒った配り本であるため、刊本でありながら案外に伝本が少い。玄白の側面を知るよい資料であるとともに、養生の文献としても異彩を放つものである。大正六年に三宅秀2)・大沢謙二3)両氏の編に係る「日本衛生文庫」第一輯に収載された。
(注)
1)有卦 陰陽道で、その人の生年の干支により、七年間吉事が続くという年まわり
2)三宅秀 日本初の医学博士の一人・貴族院議員、東京帝国大学名誉教授。昭和十三年没
3)大沢謙二 医学博士・貴族院議員。昭和二年没