5 狂医之言
一巻、未刊写本。安永四年(一七七五)十月の作。「解体新書」公刊の翌年、藩邸当直の余暇に漢文で記した短篇の医学評論である。既に解剖学を通じて医学の真理を悟った玄白が、当時の医学に対してどのような意見を持っていたかを知ることができる。「和蘭医事問答」刊本巻末の『紫石斉蔵刻目録』中に出版予告があり、『和漢古今の医説を看破し西医の説によって医道を弁正す』と紹介されているが未完に終り、伝写本ただ一部のみ故藤浪剛一氏1)の許に存したが、その後散佚した。京大富士川本などはその転写である。全文はかつて原田謙太郎2)・安西案周3)両氏により読下しとして、昭和十七年九月二六日の「日本医事新報」に掲載され、またその後に現代語訳を緒方富雄氏が「医学のあゆみ」に連載されたことがある。
漢文で記されている点が、前述のように玄白の文章としては異色である。内容から察するに「解体新書」に対する非難に弁明したものであることが明かである。
(注)
1)藤浪剛一 慶應義塾大学病医学部放射線科学教室の初代教授、一九四二年没
2)原田謙太郎 医史学、「星野良悦の身幹儀(木製人体骨格)作製について」日本医史学雑誌一三二四号・一三二五号昭和十九年の著者
3)安西案周 大正・昭和期の漢方医、医史学者