13 形影夜話
二巻、文化七年(一八一〇)刊。享和元年(一八○二)十一月1)玄白七十才の秋、酒井侯の女房二人の出産に際し当直した夜、つれづれなるままに障子にうつるわが姿の影法師と問答した体裁で記した医道や世相の評論随筆。玄白の日記によると、この十一月は、四・七・十二・十九・二二・二五・二八の七日若狭藩中屋敷に当直しており、二日には女子が生れ、さらにもう一人は十六日夜半男子を安産した由が記されているから、「形影夜話」の成ったのはこの七日のうちであろう。宿直の夜の公務の余暇までも利用した玄白の勤勉さを知るとともに、内容に汲めども尽きぬ滋味を看取することが出来る。名文とはいえないが思うことを率直に表現した彼の文章は、わが国の医家の文として範とするに足る。出版に当り巻頭に石川大浪の筆に係る七八才の時の肖像を刻している。刊本「蘭学事始」の肖像はこの図を模したものである。全文はかつて富士川游3)氏らにより「杏林叢書」に収められ、滝浦文弥氏4)の翻刻もある。
(注)
1)享和元年十一月一日~三十日 西暦1801年12月16日~1802年1月24日
2)石川大浪 大浪は号、喜望峰のテーブルマウンテンの中国名、大浪山に因む。洋画家
3)富士川游 医学者・医史学者。京都大学と慶応義塾大学に寄贈した蔵書が富士川文庫
4)滝浦文弥 「寄宿舎と青年の教育」(1926年)の著者