14 玉味噌
一巻、未刊写本。文化二年(一八〇五)玄白七三才の時の随筆で、功成り名遂げた老年の玄白が「解体新書」公刊後、世に認められ学徒笈を負うて1)その門に集った盛況を回想し、隠居ののちかねてから石川丈山に私淑し、自ら小詩仙翁と号し、またすでに「後見草」で鴨長明に自分を見立てた玄白が、悠々自適風流三昧の理想として考えた小庵の結構、道具立てを述べた和文随筆。小庵の平面図、携帯用の道具箱の図入り、首に玄白歿後七七日忌(文化十四年五月廿七日)に遺稿中から本書を見出した旨の門人岩松義則の漢文序を附す。
書名の「玉味噌」は玄白の自序によれば、蘭学首唱のことを述べたので手前味噌であり、文は雅俗を混じているので、田舎の味と臭の悪い玉味噌に似ているから名ずけたという。
本書は従来未知の玄白の著述で、伝写本僅かに一部が富士川游氏の手にあり、近年世に出でたもの。この本はいま慶応大学医学部図書館に蔵されている。
(注)
1)学徒笈を負う 「史記」蘇秦伝から。本箱を背負って旅をし、故郷を離れて勉学する。