―がん患者がモンブラン登頂をめざす―
何故がん患者がモンブラン??

浜崎 博(はまざきひろし)京都薬科大学名誉教授

テーマ:運動

 運動やスポーツは人の健康にどのように関わるのでしょうか?
 今回、重篤疾患を有する患者さんと運動、スポーツについて述べたいと思います。
1,心臓病のスポーツリハビリテーション
 筆者は1982年から京大心臓リハビリチームの一員として虚血性心疾患(主に心筋梗塞、狭心症)の患者さんに対するリハビリテーション(以下リハビリ)に携わってきました。当時、1980年代は心筋梗塞や狭心症を発症した場合まず「絶対安静」でした。
 その状況下、京大心臓リハビリでは患者さんにスポーツを指導し治療効果を高め社会復帰を目指しました。心臓病患者へのスポーツ適用は既に1950年代にイスラエルで開始され、その後ドイツ(西ドイツ)で盛んに実践され効果をあげていました。
 現在、「リハビリ」という言葉は怪我や事故、および手術などで退院までの間、体力回復のために行う医療、すなわち機能回復訓練の意味で使われております。しかし、「リハビリ」は本来社会復帰、復権、名誉回復、再建の意味を持っています。
 そのような観点から、京大心臓リハビリは患者さんの社会復帰と人間性回復を目的としてスタートしました。
2,なぜスポーツなのでしょうか?
 スポーツが行われる状況は、一般社会生活と離れた非日常という状況で、技術と体力と対戦相手が複雑にかかわる中で行われます。そこでは、普段の生活と一線を画された自己が存在し、その人が持つ本来の精神・心理的充足を得ることができます。スポーツにおける『集中』がまさしくそれであり、特定の対象に対して心を留め、積極的に意識を注ぐことによりその対象に「とらわれ」の状況をつくりだします。スポーツ中は、勝敗や他の設定目標を達成するため一瞬一瞬に集中し、その瞬間は非日常的な忘我の境地になります。このような時間、即ち病気であるという意識、過去からの縁や将来への不安等様々な雑念から解放された「この瞬間」をできるだけ多く、そして頻繁に体験することによって精神・心理的効果が得られます。
3,スポーツと禅
 例えばテニス中、まさにボールを打とうとする時、その瞬間全てが集中した時間になります。すなわち、「無」の状態になり自分が病気で毎日不安な生活を送っている・・このような負の精神状態から解放される瞬間なのです。スポーツにはこのような瞬間が多々発生します。継続により、テニスを始めて終わるまでの時間、あるいはテニスをするために家を出た時間から帰るまで、そしてテニスの日・・とテニスを行うことに関連する時間・日へと延長し、その時間は病気であることを忘れ本来の自分の姿に戻ることができます。すなわち禅の修行と同じ場面がスポーツに存在するのです。
 自分が病気であるという負の精神状態を可能な限り減らしていくこと。これが病気に対するスポーツリハビリの最大の目的であり効果なのです。
 1987年「生きがい療法」(注)としてモンブランに登った患者さんは、まさに「モンブラン」を考えた時、自分ががん患者であることを忘れ、必死にトレーニングされたことでしょう。モンブランが「がん」の様々な苦しみを解放し治療効果や社会復帰、生きがいに大きな効果をもたらしたと考えられます。
4,こころとからだ
 杉田玄白の養生七不可や貝原益軒の養生訓にも「こころの養生」が一番に書かれています。何より穏やかなこころで日常をおくる事、スポーツはそのための効果的な方法として位置づけられます。

(注)「モンブランに立つ」―“生きがい療法”と勇気あるガン患者たちのドラマー 平尾彩子 リヨン社 1988

筆者紹介
浜崎 博(はまざきひろし)
1947年福井県生まれ。1969年福井大学卒業。1972年東京教育大学大学院修士修了。1973年京都薬科大学勤務。1982年京大方式心臓病リハビリテーションチームに参加。以降、虚血性心疾患、高血圧症、糖尿病等の生活習慣病と運動、スポーツのかかわりについて研究、実践。著書:「心臓病のスポーツリハビリテーション」杏林書院、1988,「慢性期における運動療法」中外医学社、1991、「心臓リハビリテーション」最新医学社、2007.