医食同源の科学的証明
ー特にコーヒーや緑茶のポリフェノールについてー

近藤(宇都)春美日本大学 生物資源科学部 くらしの生物学科 食と健康研究室 准教授

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 光合成を行うほとんどの植物に含まれているポリフェノールは、カロテノイドやビタミンとともに主要な抗酸化物質として位置づけられ、動脈硬化やがんなどの病気の原因となる活性酸素を除去する抗酸化力を持っています。私たち人間は、これらの抗酸化物質を食事や飲み物を通して体内に取り込んでいます。中でもコーヒーと緑茶は日本人に馴染み深い飲み物で、その中に含まれるポリフェノールの抗酸化力は、がんや動脈硬化の予防において貢献度が高いと期待されます。そこで今回はコーヒーや緑茶のポリフェノールを中心にお話致します。
 皆さんは現在コーヒーに対してどういう印象をお持ちですか?コーヒーは世界的に最も広く飲用されているものの、その黒い色と苦みにより、健康に対して良い印象とはほど遠く、ただの眠気覚ましあるいはリラックスするための飲料という位置づけが長年続いていました。ところが、2000年前後より、コーヒーを3~5杯飲むと動脈硬化性疾患のリスクが低減するというデータが次々と発表され始めました。しかし、明確な理由や科学的根拠は不明のままでした。私たちは、コーヒー豆中にクロロゲン酸と呼ばれるポリフェノールが沢山含まれていることに着目し、細胞や動物などを用いた様々な検証実験を行い、2010年に世界で初めて長年不明であったコーヒーの抗動脈降下作用を科学的に証明いたしました。この時期と前後して、コーヒーによる糖尿病、シミおよび認知症に対する予防効果なども次々と発表され、健康に寄与する飲み物という一般的認識がもたれるようになり、近年のコーヒーチェーン店の参入なども相まってさらに多く飲まれるようになりました。都心に住む主婦のアンケート結果によると、 摂取するポリフェノール量のうち6割が飲み物からであり、飲み物の中でもコーヒーからのポリフェノールの摂取量が最も多いことも判明しました。このアンケートでコーヒーの次にポリフェノールの摂取量が多いのは緑茶からでした。緑茶にはカテキンと呼ばれるポリフェノールが豊富に含まれているのは有名ですよね。ちなみに、日本人はフランス人ほど赤ワインを飲む量が多くないので、赤ワインからのポリフェノール摂取量は緑茶に次ぐものとなっていましたが、重量当たり最もポリフェノールを多く含んでいる飲み物は赤ワインです。フランス人は動脈硬化発症の一因とされる脂肪をたっぷり含むフランス料理を食するにもかかわらず、心臓で起きる動脈硬化性疾患による死亡率が少ないことが知られており、この現象を「フレンチパラドックス」と呼んでいます。なぜこの「パラドックス=逆説」が起きるかと申しますと、油脂たっぷりのフランス料理と一緒に、アントシアニンというポリフェノールがたっぷりの赤ワインを飲んでいるからです。赤ワインに比べてポリフェノールが著しく少ない白ワインやビールを飲むイタリアやドイツは、油脂を含む食事をしますが、フランスのようなパラドックスは存在しません。赤ワインの抗動脈硬化作用は、筆者の大学院時代の指導教員であった恩師のお茶の水大学名誉教授の近藤和雄博士により科学的な証明がなされ、1990年代の日本において空前の赤ワインブームが起きたことを覚えていらっしゃる方も多いと思います。
 一方、日本人は癌発症の一因とされる喫煙者が多いにもかかわらず、他国に比べて癌になる人が少ないという現象が起きており、これは「ジャパニーズパラドックス」と言われています。このパラドックスは、フランス人と赤ワインの様に、日本人が折にふれて緑茶を飲用するからであると考えられていますが、近年の飲料の動向も考えると、緑茶に加えてコーヒーも寄与している可能性が考えられるのではないかと思っております。

 飲み物は単なる水分補給にとどまらず、私たちの生活に潤いを与える嗜好飲料まで幅広く存在します。今回はコーヒー、緑茶および赤ワインのポリフェノールについて紹介しましたが、ポリフェノールはほとんどの植物に含まれている為、基本的に植物由来の飲料や食べ物を選択すれば摂取できます。ただし、例外的に麦茶にはほとんどポリフェノールが含まれていません。(しかし、ミネラルが沢山含まれています。)
 これから先も「医食同源」が科学的に証明されることにより、先入観に囚われずに何を飲食するべきかを賢く判断することの一助となれば幸いです。

筆者紹介

近藤(宇都)春美 こんどう(うと) はるみ
1973
年福岡県久留米市生まれ。お茶の水女子大学大学院修了。博士(理学)。防衛医科大学校抗加齢・血管内科助教を経て現職。現在、日本ポリフェノール学会評議員、日本栄養・食糧学会参与、日本フードファクター学会評議員。長年不明であったコーヒーの抗動脈硬化作用を、世界で初めて科学的に証明。日本動脈硬化学会若手研究者奨励賞(2011)、日本栄養・食糧学会奨励賞(2013)、杉田玄白賞奨励賞(2013)などを受賞。