予防栄養学の成果を食育に活かす
“適塩”で“まごはやさしい”食育で、より良い食環境の構築へ


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森 真理東海大学健康学部 准教授、NPO法人 世界健康フロンティア研究会 理事、管理栄養士

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 1996年、成人病が生活習慣病となり、「食習慣や運動習慣をより良くすることで、健康寿命を延伸することが可能である」ということが、多くの研究からわかってきました。そして、2005年に「食育基本法」が世界に先駆けて日本で施行され、全ての国民が積極的に食育を推進することになりました。
 生活習慣病の予防は医学的な知見からの科学的根拠が基本になっていますが、私が食育研究を始めた2002年ごろには、食育の科学的な根拠を示す研究成果は、殆ど見つかりませんでした。そこで、予防栄養学の研究手法を用いて、子どもを対象とする全く新しい食育研究を始めました。最初に手掛けたのは、兵庫県健康財団の研究助成金で実施した「淡路島での子どもの食生活調査」でした。食塩摂取量を評価するために、京都大学で開発された特殊な採尿容器を用いて24時間採尿による調査を行いました。その時にご協力いただいた小学校のうちの1校で、「まごはやさしい」食育を実践していたことがきっかけとなり、食育を受けている子どもと、受けていない子どもで尿中のナトリウムとカリウムの比率(Na/K比)を比較したところ、食育を受けていた子ども達のNa/K比が有意に低く、バランスよく食べられている可能性を確認しました。
 実はその時、高血圧を予防するには、ナトリウムに対して、カリウムの摂取量を増やすことが基本的な考え方になっていましたが、カリウムというと、多くの管理栄養士は「野菜や果物、いも類」の摂取を推奨していました。しかし、淡路島の食育で推奨されていた「ま(まめで大豆)、ご(ごまで種実類)、は(わかめで海藻)、や(さい)、さ(かな)、し(しいたけで茸類)、い(も類)」食材は、すべてカリウムが豊富な食材であることに気が付いたのが、食育研究を纏めているときでした。要するに、ナトリウムを体外へ上手く排泄するために必要なカリウムは、野菜や果物、いも類以外にも、「まごはやさしい」食材、大豆製品、種実類、海藻類、きのこ類にも多いこと、また、それだけでなく、「まごはやさしい」食材には、人に必要な栄養素であるビタミン、ミネラル、食物繊維が多く含まれる食材であることにも気が付きました。
 2008年に西宮市で立ち上げた食育グループHealthy+(ヘルシープラス)では、毎年、食育の科学的な根拠を学んだ学生や一般の方々が、体験食育講座でお披露目する「美・ランチ」(図1)の開発を進めています。この「美・ランチ」は、毎日食べ続けると2週間でNa/K比が改善したり1)、1カ月で動脈硬化指数が改善2)したりするなどの研究成果が得られた献立の基準になります。2021年度も5組のグループが「適塩でまごはやさしい」献立を作成しました(図2)。適塩は、少しの調理の工夫で美味しく仕上げることが可能であることが分かっています。そして、栄養士や管理栄養士という専門職でなくても、コツをつかむことで作成する事が可能なのです。このような地道な食育活動を継続することで、微力ながら研究成果の社会還元に貢献できていると理解しています。

 

 実は、食育という言葉を日本で最初に使った石塚左玄さんは、福井県の出身です。明治31年に「通俗食物養生法」で説かれている養生論で既に「陰陽調和論(ナトリウム・カリウム均衡食論」の記載があり感銘を受けました。また、小浜市出身の杉田玄白先生も西洋医学の権威ですが、庶民にもわかりやすい養生訓で「医食同源」を説かれています。福井県は今でも食材が豊かな土地であることから、その豊かな食材を利用した美味しい「適塩でまごはやさしい」献立を作ることも可能なのではないかと思っています。献立のヒントは、食育グループHealthy+のホームぺージでも紹介していますので、ご興味のある方は、是非、ご利用いただきたいと思います。
 また、いつでも「美・ランチ」メニューが食べられるよう私共のNPO法人世界健康フロンティア研究会(http://www.whf-i.org/)では、2021年春に研究部門を立ち上げました。実際にそれらの食事を摂取してNa/K比など尿中の栄養バイオマーカーが確実に改善できる食環境の構築に尽力しているところです。
 2008年から研究成果の社会還元として科学的根拠に基づく食育活動をはじめましたが、今でもそれが継続できているのは、「御食国」の小浜市から「食育と地域活動」部門で杉田玄白賞を頂いたことが心の支えだと感謝しています。これからも、食育研究の傍ら、少しずつでも食材そのものの味が美味しく感じられるような、より健康的な科学的根拠に基づく食環境の構築を目指していきたいと思っております。

1) 平成19年度食育モデル民間団体実践活動事業・にっぽん食育推進事業, 「食事バランスガイド」を活用したモデル的取組の促進,「食事バランスガ
 イド」を利用した生徒が行う食堂献立改善計画」, 実施責任者:森真理, 公益社団法人兵庫県栄養士会
2) M Mori, Well-Balanced Lunch Reduces Risk of Lifestyle-Related Diseases in Middle-Aged Japanese Working Men, Nutrients, 2021, 13,
 4528. https://doi.org/10.3390/nu13124528

筆者紹介文
森 真理(もりまり)
同志社大学文学部社会学科社会福祉学専攻卒業、博士(学術)、管理栄養士、高血圧循環器疾患予防療養指導士、2002年武庫川女子大学国際健康開発研究所研究員、2008年同講師、インド、スリランカの学校での食育研究にも取り組んできた。企業との実食試験の共同研究なども行っている。2018年より現職、日本循環器疾患予防学会評議員、スローカロリー研究会理事、NPO法人世界健康フロンティア研究会理事、杉田玄白賞受賞奨励賞(2016年)


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