杉田玄白・前野良沢に見る自然と食

川嶌眞人(かわしま まひと)社会医療法人玄真堂 川嶌整形外科病院 理事長

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 小浜藩の杉田玄白と中津藩の前野良沢らが協力して蘭書『ターヘル・アナトミア』を翻訳し、『解体新書』として出版したことから日本の蘭学が始まったと言われている。その根底の思想の中に、彼らは解剖学に注目し「人間も自然の一部である」と言うことから出発したように思える。日本文化の独自性として自然とは何であったのか、前野良沢(図1)は「人間が自然界の一部を支配したりすることが出来ると、非常に傲慢になって独力でしたように勘違いする。人間の力は自然界の力の一部に過ぎないという謙譲な心が必要だ」と述べている。  私達が東日本大震災の支援活動を6年間行い、その中でどの様に巨大な堤防を造っても、人間が自然に逆らって生きることは出来ない。人間が自然に併せていく以外にない事を改めて思い知らされ、人間が自然に併せた生き方をしなければ人類は生き残れないという事を教えられた。同じ様に杉田玄白は「医事不如自然」と、西洋医療の先駆者が「医事は自然にはかなわない」と述べている。自然界の大きな流れの中で生かされている我々は自然に生きることこそが最も重要といわれていたのである。その中から杉田玄白の「医食同源」の考え方が「養生七不可」という言葉で述べられている。私はこの2年間コロナ感染症と向き合って感じたことは、このコロナという感染症も、人間が余りにも自然界を破壊し、洞窟に眠っていたコウモリを追い出した酬いであると思えてならない。その為には勿論、ワクチン(抗ウイルス剤)という強力な武器を持って征圧することも重要であるが、もう一つは人間が本来持っている自然の免疫によって、この病気に打ち勝つということも重要ではないかと考えている。現に1960年代のコロナ風邪は、当時の風邪の30%であったといわれており、微弱なウイルスであった。そのウイルスによって感作を受けた日本人は世界一コロナの発生率も死亡率も低い国の一つとなっている。同様なことがインカ帝国最後の首都であったビルカバンバの調査に行った京都大学家森教授達によっても明らかになってきた。私は2014年12月にアルゼンチンで開催された国際高圧医学会での講演を依頼された折、当院で音楽療法を13年間にわたり続けているビジャコルタ・リチャード先生とともにアンデスを訪れた(図2)。そこの食生活の驚くべき豊かさと、家森教授達の『100歳から116歳の世界一長寿者の多い地帯』という本を拝見するに至った。高齢者達が急斜面の段々畑で元気に農業に携わっているということから、その人達の生き方はアンデスの自然が生んだ食生活に大きく起因していることを述べている。家森教授の研究によると、アンデス原産の食物として多くの芋類やピーマン、トウモロコシ、カボチャ等数多くある中で、特にヤーコンは極めて優秀な食品であると述べている。此の人達の元気長寿の理由は「伝統的な食習慣」であると述べている。エクアドルの南部、かってインカ帝国の首都であったビルカバンバは100歳以上の高齢者が珍しくなく長寿村として世界的にも知られている。そこで最も重宝されているのが「ヤーコン」であり、豊富な食物繊維やミネラルの他、フラクトオリゴ糖を含んでおり究極のダイエット食材として注目されている(図3, 4)。ヤーコンの成分は腸内で生きた善玉菌(ビフィズス菌)や乳酸菌を増殖させることにより腸内環境が改善(便秘解消)され、様々な有害物質を生産させる悪玉菌を滅ぼすことで大腸癌や免疫力低下の要因を減らす効果があるといわれ、NK細胞を増殖させるということが知られている。更に、ヤーコン茶で知られる葉の部分には、インシュリンと同じような血糖値を下げる物質(クロロゲン酸)が含まれていることでも知られている。クロロゲン酸はポリフェノールの一種であり、インシュリンの増感剤のように働き血糖を下げ、糖尿病の予防や治療にも応用できるということである。ヤーコンは効能と共に甘味の少ない梨の様な食感も魅力となっている。このヤーコンはインカ帝国以前のモチェ文化の頃からアンデスの人達は食していたことも近年の研究で明らかになった。此のビルカバンバの長寿の最大の要因はヤーコンを中心としたアンデスの様々な食品である事を知り、自然の中で生きることが如何に人間の免疫力を高め、ウイルスをはじめ癌や細菌感染から人間を守るという事につながる。これは正に玄白や良沢のいう「自然」というものを象徴するような食べ物であるという事を私もアンデスに赴いて実感した。改めて、玄白や良沢達の自然に対する洞察力の大きさを感じる今日この頃である。

【参考文献】
1.川嶌眞人 近代医学を築いた開拓者達(第7回杉田玄白賞受賞記念誌) 西日本臨床医学研究所 2010年
2.川嶌眞人 水滴は岩をも穿つ(株)梓書院 2006年
3.川嶌眞人 続水滴は岩をも穿つ (株)梓書院 2021年
4・川嶌眞人・W・ミヒェル・鳥井裕美子共編 九州の蘭学 (株)思文閣出版 2009年

図1 前野良沢像

筆者紹介

川嶌眞人(かわしま まひと) 

プロフィール 1944年、中津市船場町生まれ 東京医科歯科大学医学部卒業 医学博士 社会医療法人玄真堂 川嶌整形外科病院理事長 第107回日本医学史会会長・名誉会員 アジア太平洋潜水・高気圧環境医学会理事長