三刀流の“スーパーな”必須微量栄養素“亜鉛”を養生七不可の教えに活用する

神戸 大朋京都大学大学院生命科学研究科

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 杉田玄白先生の教えにちなんで小浜市が提唱している現代版養生七不可の一つに、「食べたもので自分ができているのを忘れるべからず」という心得があります。これは、健康長寿の秘訣である好き嫌いなく飲食することと直結します。すなわち、様々な食べ物を食べることによって、様々な栄養素をバランスよく摂取することが健康に生活するために重要であるということです。今回は、不足しやすい必須微量栄養素で、私の研究テーマでもある“亜鉛”についてご紹介いたします。
 健康志向の高まりもあり、最近、薬局やコンビニのサプリメント売り場で“亜鉛”や“Zn”の文字を目にする機会も多いのではないでしょうか。亜鉛が健康に良いと認識されている方が増えてきていますが、亜鉛が体内でどういう役割を果たしているのか、あるいは亜鉛が不足するとどのような症状があらわれるのかについては、あまり理解されていないのが現状だと思います。この点、鉄欠乏が“貧血”に容易に結びつくことが広く知られている状況とは大きく異なりますが、実は、亜鉛は鉄に負けず劣らず重要な役割を果たしているのです。
 体内での亜鉛は、「酵素活性(触媒)」、「タンパク質の構造保持(構造)」、「シグナル調節(調節)」の3つの役割を果たしています。言わば、大リーグの大谷選手が、「投げる=投手」、「打つ=打者」、「走る=走者」という三刀流の活躍をするのと同じように、亜鉛は全く異なる3つの役割を発揮する“スーパーな”必須微量栄養素ということになります。この亜鉛の役割が滞ってしまうと体内の様々な機能が低下し、皮膚炎、下痢、貧血、味覚障害、発育障害、食欲低下、骨粗しょう症、創傷治癒遅延、易感染症など様々な欠乏症状が生じます。我々が健康な生活を送る上で必要となる栄養素の量は「日本人の食事摂取基準」として設定されています。この中で、亜鉛は鉄とほぼ同量摂取することが推奨されており、成人では8~12mgとなっています。しかし、毎年実施される「国民健康・栄養調査」における亜鉛摂取量(平均値)は、摂取推奨量に達していません。すなわち、自覚症状のあるなしに関わらず、実は、多くの日本人は亜鉛欠乏の状態にあります。加えて、亜鉛の吸収率は加齢によって下がり、また、一部の薬は亜鉛と結合して吸収不良を引き起こすため、超高齢社会を迎えた日本では、亜鉛欠乏に陥るリスクが増加すると考えられます。このような状況から、亜鉛欠乏症に対しては、2017年の3月に治療薬が承認されました。しかしながら、薬に頼るのではなく、「食べたもので自分ができているのを忘れるべからず」の教えを思い出し、亜鉛が多量に含まれる牡蠣や肉類の摂取に努めるなど早い段階から日々の食生活を意識することで、「何事もない時は薬を飲まない」という養生七不可の一つを実現できるのではないでしょうか。
 現在、新型コロナウイルスの影響で、日常生活に大きな支障が出ていますが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のハイリスク群(高齢者や基礎疾患保有者)では亜鉛不足の状況にあることが多数報告されています。COVID-19においても、亜鉛の“スーパーな”役割に期待したいものです。

図. 亜鉛の生理機能. 亜鉛の生理機能は、タンパク質との相互作用および機能の面から “触媒”、“構造”、“調節”の3つの機能に分類される(神戸大朋 「健康維持に不可欠なミネラル・ 亜鉛の機能を探る」 化学と生物 Vol. 60, 22-29, 2022より改変)

 

筆者紹介

神戸 大朋(かんべ たいほう)

1995年京都大学農学部食品工学科卒業/1998年京都大学大学院農学研究科後期博士課程退学/1998年京都大学大学院農学研究科助手/1999年同生命科学研究科助手/2008年京都大学大学院生命科学研究科准教授、現在に至る<研究テーマと抱負>亜鉛を中心とした必須微量ミネラルの吸収制御、代謝、生理機能の解明