超高齢社会と認知症:生活習慣、特に「食」による認知症予防をめざして

山田正仁国家公務員共済組合連合会 九段坂病院 内科(脳神経内科)副院長;東京医科歯科大学 特命教授;金沢大学 名誉教授

テーマ:高齢

1. 超高齢化と認知症
 杉田玄白先生は68歳の時に長寿の秘訣として「養生七不可」の教えを提唱したといわれています。玄白先生の時代、平均寿命は30歳台でしたが、玄白先生は当時としては稀な84歳の長寿を全うされました。2020年、平均寿命は女性が88歳、男性が82歳になり、さらに寿命は伸び続け、半数以上の子供が100歳以上まで生きる時代がくると予想されています。
 社会の超高齢化に伴い問題になるのは認知症です。2020年の時点で、全国の65歳以上の高齢者のうち認知症を有する人の率は約17%(約602万人)と推定されています1)。筆者らは2006年以来、石川県七尾市中島町において60歳以上の地域住民の方を対象に認知症について調査してきました(「なかじまプロジェクト」)2)。そこで、60歳から5歳きざみの年齢階層ごとにみていきますと、年齢が上がるにつれて認知症の率は上昇し、認知症は80歳から84歳では23%、85歳から89歳では44%、90歳以上では65%を占め、長生きすれば認知症になるのはごく普通のことであることがわかります(図)。このように、寿命が伸び続ける一方で、認知症が大きな社会問題になってきました。

2.認知症と生活習慣
 認知症を引き起こす原因は何なのでしょうか?2020年、有識者からなる委員会から、注意すれば改善することが可能な認知症の危険因子が12個あり、それらのリスクを合計すると全世界の認知症の約40%に相当する、すなわち、それらが全てコントロールできれば全世界の認知症の40%が減少する可能性があることが提言されました3)。残りの60%には遺伝的な危険因子や不明の因子が含まれます。
 改善可能な12個の危険因子には、不十分な教育、高血圧、難聴、喫煙、肥満、うつ状態、身体運動の不活発、糖尿病、社会的交流の不活発、アルコール多飲、頭部外傷、大気汚染が挙げられています3)。その中には、“悪い”生活習慣(喫煙、アルコール多飲、肥満、運動不足)およびそれらに関係する生活習慣病(高血圧、糖尿病)が含まれています。
 認知症を引き起こす病気にはいろいろあります。一番多いのはアルツハイマー病で認知症全体の約2/3を占めます。その他では、脳の血管の病気が原因の血管性認知症、脳にレビー小体という構造物が出てくるレビー小体型認知症といった病気などがあります。“悪い”生活習慣や生活習慣病は血管の動脈硬化を悪化させますので、血管性認知症につながることは明瞭です。しかし、近年の多くの地域研究は、そうした生活習慣に関わる因子がアルツハイマー病の危険因子でもあることを示しています。“悪い”生活習慣を改善し生活習慣病をコントロールすることは、動脈硬化に関わる血管の病気ばかりでなく、認知症全体を予防することにつながる可能性がありますので、絶対お勧めです。

3.「食」による認知症予防をめざして
 生活習慣には食事や運動がありますが、それらの中で、認知症の過半数を占めるアルツハイマー病を予防できる証拠があるものはあるのでしょうか?残念ながら、現時点では、科学的根拠が確立しているものはありません。
私達は食品や食品化合物による認知症の予防法の開発を行ってきましたので、それを紹介します2)。「なかじまプロジェクト」で、認知機能正常の地域住民の食品摂取習慣の中で、将来の認知機能低下のリスク減少と関連する因子を探索しました。そこで、出てきたのが緑茶の摂取量やビタミンCの血中濃度です。ここでは緑茶関係の研究を紹介します。
 私たちは緑茶などの食品に含まれる有効成分としてポリフェノール類に注目しました。アルツハイマー病の脳にはアミロイドβ(Aβ)というタンパク質が凝集して固まっています。そこで、試験管の中でAβが凝集する試験管内モデルや脳内でAβが凝集する動物モデルを用いて、Aβ凝集を抑制する効果を有する食品ポリフェノールを探しました。その結果、ロスマリン酸というポリフェノールが最も優れた効果を示しました。
 そこで、ハーブの一種であるレモンバームからロスマリン酸を豊富に含む抽出物(試験食品)を作成しました。まず、健常者が試験食品を安全に問題なく服用できることを確認した後、軽度のアルツハイマー病患者さんを対象に24週間の試験を行い、試験食品が神経精神症状の悪化を抑制することを示しました。さらに、その認知症予防効果をみるために、非認知症の地域住民の方々を対象に96週間の試験を行っています。
 今後の研究の進展により、こうした食品成分などによる認知症予防の科学的根拠が確立されることが期待されます。

石川県七尾市中島町における認知症地域研究(2016〜2018年)における認知症及び軽度認知障害(認知症の前段階)を有する人の率(有病率)。調査対象は60歳以上の住民2395名[年齢60-104(平均75.2)歳](調査率92.9%)。5歳きざみの年齢階層ごとの認知症(赤色)及び軽度認知障害(黄色)の有病率を示す(数字はパーセンテージ)。(文献2より引用改変)

参考文献
1. 内閣府 平成29年度高齢社会白書、2017(https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2017/zenbun/29pdf_index.html)
2. Yamada M. Neurol Clin Neurosci (published on line: 26 April 2021) (https://doi.org/10.1111/ncn3.12505)
3. Livingston G, et al. Lancet 396:413-446, 2020 (https://www.thelancet.com/action/showPdf?pii=S0140-6736%2820%2930367-6)

 

著者紹介

山田正仁(やまだ まさひと) 

1956年生。1980年 東京医科歯科大学医学部卒業。1984年 同大学院博士課程修了。浴風会病院、カリフォルニア大学サンディエゴ校、東京医科歯科大学助教授を経て、2000年 金沢大学医学部神経内科・教授。2001年 金沢大学大学院脳老化・神経病態学(脳神経内科学)・教授。2021年 国家公務員共済組合連合会 九段坂病院・副院長、金沢大学・名誉教授、東京医科歯科大学・特命教授。アミロイドーシス、プリオン病、認知症に関する厚生労働省・日本医療研究開発機構の研究班の班長を歴任。日本神経病理学会賞(1997)、杉田玄白賞(2018)、日本神経学会賞(2020)、全米医学アカデミー賞(2020)ほかを受賞。