キイワードは次世代

依藤 亨 (よりふじ とおる)大阪市立総合医療センター小児代謝・内分泌内科

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 内分泌代謝学、特に新生児から若年成人までの医療を専門としています。増え続ける高齢者層に押されて、この年代層が占める割合はわが国では減少傾向にありますが、実は生物種としてのヒトには最も大事な時期です。出生して成長し、パートナーをみつけて次世代をはぐくみ、次世代がさらにその次の世代を生み出して生物種としてのヒトを維持していく年代層です。人口比での高齢者層が増加するにつれ、医療資源や社会資源も再生産性に乏しい高齢者中心に配分されがちですが、日本人が種として保存されていくためには若年世代の健康が最も重要であるといえます。人の寿命を85歳から90歳にするよりも、0歳の新生児が健康に20歳を迎えることができる方がよほど重要だというわけです。
 わが国の新生児ビタミンD欠乏症に対する研究で、ずっと以前に杉田玄白賞奨励賞をいただきました。ビタミンDは欠乏すると、骨の変形や軟化をきたし、くる病や骨軟化症と呼ばれていますが、骨以外に対する作用も注目されており、不足するとがんや感染症、自己免疫疾患が増加することが報告されています。ビタミンDは日光に当たることにより、皮膚で産生されるほか、キノコ類や脂身の魚にも多く含まれることが知られていますが、卵や肉にはごくわずかしか含まれていません。我々の研究では、日本人健常新生児の少なくとも20%がビタミンD欠乏症であることが明らかになりましたが、近年わが国ではビタミンD欠乏の児が顕著に増加していることが他の研究者からも報告されています。大きな原因の一つは、新生児を生む若年女性層のビタミンD欠乏にあります。すなわち、若年女性が日光に当たらなくなり、ビタミンDを多く含む食物の摂取量が少なくなったことが主な原因であると考えられています。問題は、この日光忌避や摂食量の低下が皮膚がんの予防や肥満の解消などの健康上の理由ではなく、日焼けが嫌とか過度に痩せたいなどの美容上の理由であることにあります。
 現在の我が国の平均寿命は世界のトップクラスです。医療の世界では、欧米式の理詰めの医療がお手本にされていますが、日本人の寿命は米国人よりもはるかに上で、その原因は医学の進歩によるものではなく、日本人固有の生活様式にあります。伝統的日本食をしっかり摂り、昼は外にも出て健康的に働く暮らしが重要です。今の平均寿命は80-90年前に生まれた世代のもので、最近の日本人の暮らしとは異なります。現在の暮らしは、この理想から離れつつあり、日本人の寿命も今後逆転していくかもしれません。
 ビタミンDの例を挙げましたが、人それぞれ、自分の歩みたい人生を歩む自由があることは言うまでもありません。しかし、そのために次世代を犠牲にする権利はありません。次世代は社会が守るべき最も大切な価値であり、自分の欲求のために次世代をおろそかにすると種として滅亡に向かうからです。小児科医としては、現在の風潮にとても危機感をもっています。

筆者紹介
依藤 亨(よりふじ とおる)
平成1年     京都大学大学院医学研究科卒業
平成1年-2年  京都大学医学部附属病院小児科
平成2年-4年  米国留学 (米テキサス州ベイラー医科大学遺伝学)
平成4年-7年  天理よろづ相談所病院小児科
平成7年-22年  京都大学医学部附属病院小児科
平成22年-現在  大阪市立総合医療センター小児代謝・内分泌内科部長