ミルクのある生活
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テーマ:食
ミルクは、人々の生活を1万年支えてきました。西アジアで家畜が飼われ始め、すぐに家畜からミルクを搾り始めます(写真1)。ミルクという食料生産のあり方を考えてみてください。肉は家畜を屠ることで得られます。しかし、ミルクは家畜を生かしたままで生産が可能です。しかも、毎日得られます。ここに、人類は搾乳という技術を発明することにより、生き物を犠牲にすることなく、食料を継続的に生産することが初めて可能となったのです。
ミルクは栄養価に富む食べ物です。ミルクを保存加工する技術も生み出していきます(写真2,3)。家畜とミルクが有ったからこそ、より厳しい自然環境の砂漠地域にも居住域を広げることができました。こうして、乳文化はアジア、ヨーロッパ、アフリカへと広がっていき、それぞれの地域で人々の生活を支えていきました。モンゴル遊牧民の夏の食事は、ミルクに半分以上を頼っています。朝から晩まで馬乳酒を飲み、夜に肉うどんで身体を温めます。アラブ諸国やチベット高地などの牧畜民にとっては必要物資を得るための貴重な換金材ともなっています。乾燥したり寒かったりして農作物ができない地域で、パン用のコムギなどを手に入れるのに乳製品が活躍しています。アフリカではバターを髪の毛や肌に塗るクリームとしても利用されています。光沢があり艶々している女性は美しいといいます。ヨーロッパでは、乳製品と牧畜がアルプスなどの山岳地域での人々の生活と精神を支え、輪栽式農業による農業生産性の向上をもたらし、イギリス産業革命を導き、ヨーロッパの文明を育むことにも貢献してきました。
日本では、少なくとも飛鳥時代にはミルクが中国大陸から伝播しました。以後、皇族家や貴族に栄養補助食品として利用されます。乳製品は、日本最古の医学書である『医心方』には、「蘇(古代日本の乳製品の一つ。濃縮乳)は五臓の働きを助け、大腸に効能がある、口内炎や熱感を伴う腫れものなどの病気に効く」「牛乳は全身の虚弱を補い、便通を良くし、皮膚をなめらかに美しくする」と記されています。乳製品は日本の上層階級に滋養薬として利用されていたのです。大衆にも乳製品が利用され始めたのは江戸末期、日米和親条約締結をもって鎖国が終わり、西洋人と接触するようになってからのことです。特に、第二次世界大戦に敗戦し、ユニセフの支援による学校給食の開始により、乳製品が広く利用されるようになっていきました。戦後、一日一本の牛乳をスローガンに、経済的発展を目指して勤勉に働きました。1960年代には高度経済成長と共に、家庭で牛乳を飲む乳文化が日本社会に浸透していきました。1970年代のグローバリゼーションにより、多くの外国の文化が日本に押し寄せてきました。ピザ、パスタ、ドーナッツ、ケーキ、アイスクリーム、ヨーグルト、いずれも愛してやまない食べ物です。これら乳製品を使った食品は、食を豊かにし、生活に楽しみと喜びを与えてくれています。また、健康を考えて牛乳を毎朝飲む、胃腸の働きを整えるためにヨーグルトを食べたり、私たちは健康のために乳製品を摂り続けています。このように、ミルクは日本人にとって、「栄養改善・健康増進」という栄養補助食品であり続け、戦後から高度経済成長期までは「憧れ」、1970年代以降は「楽しみ」を与える食品となり、私たちの生活を支えてきたのです。
1949年から牛乳とパンの学校給食が始まり、日本人の平均身長は格段に伸びました。牛乳摂取の効果が現れたといえましょう。牛乳はカルシウムをたくさん含んだ食品であり、100gに110mgも含まれています。成人が1日に必要なカルシウム量は650〜800mgです(図1)。しかも、牛乳の吸収率が40%と非常に高く、小魚は33%、小松菜は19%しかありません。牛乳はカルシウム補給源として優れた食品ですから、骨粗鬆症の予防に役立ちます。和食は、栄養バランスに優れ、理想的な健康長寿食とされています。しかし、その和食にも欠点があります。塩分が高いこと、そして、カルシウムなどのミネラル類も不足気味なことです。普段の食生活に、乳製品を1品加えれば、楽しく美味しく、より健康的な食生活を送っていくことができましょう。
牛乳は良質のタンパク質源でもあります。牛乳は卵と並んで、9種類の必須アミノ酸がバランス良く全て含まれた食品です。運動直後に牛乳を摂取すると、筋肉をつくりやすくし、疲労度を軽減するとの報告もあります(図2)。牛乳の摂取は、メタボの発生率を低くし、高血圧発症を抑制し、心筋梗塞を抑え、生存率を高める(より長く生きられる)効果があるとも多数報告されています(図3)。飽食の現代にあって、生活に喜びと楽しみを感じ、健康的な生活を送るために、ミルクと上手に賢く付き合っていきたいものです。ミルクは人々の生活を1万年支えてきました。今後とも、ミルクは人々の食生活と健康を大いに支えてくれることでしょう。
筆者紹介
平田昌弘(ひらた・まさひろ)
1967年小浜市水取生まれ。1985年若狭高校卒、1991年東北大学農学部卒、1999年京都大学博士(農学)取得。2004年帯広畜産大学准教授、2018年より同教授。1993年~96年にはシリアにある国際乾燥地農業研究センター(ICARDA)に青年海外協力隊員として派遣され、植生調査と牧畜研究に従事。以後一貫して、牧畜と乳文化とを追い求め、ユーラシア各地をフィールド調査。主な著作に『ユーラシア乳文化論』(岩波書店)、『人とミルクの1万年』(岩波書店)、Milk Culture in Eurasia (Springer)など多数。日本沙漠学会学術論文賞(2009年・2019年)、日本酪農科学会賞(2012年)。
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